花様年華
("In The Mood For Love")
ただの隣人だった。愛が壁を崩すまでは。

2000年9月30日
映画レビュー
Byエルビス・ミッチェル

「1962年、香港。落ち着きのない時代だった」。『花様年華』の冒頭である。他のことに集中できず、世界が新しく見知らぬものに見えたりする愛の始まりのように、そわそわして、官能的な感じが映画に溢れている。 "Mood"は、とても素晴らしい言葉だ。なぜなら映画のほとんどの部分がmoodだからだ。出入り口の端からカメラが主演二人を熟視しつつ捕らえる。本作品の脚本および監督であるウォン・カーウァイ監督は、レンズ越しに考える、才能ある映画製作者の一人である。彼はその才能を駆使して作品に熱く熱狂的なクオリティを与え、またカメラは自由に動き回り、端からそっと役者を撮る。台詞は重要ではなく、代わりに、彼のハートがスクリーンに溢れ出ている。

本編を通して繰り返し流れるナット・キング・コールの歌からもわかるように、ウォン監督はポピュラー音楽のもたらす陶酔感を好み、それを使うことにかけては天才的である。コールの真珠のような発声は、マギー・チャン、トニー・レオンという二人の主演の優雅さを一層引き立てる。彼らは、アパートの隣同士で、別の人と結婚しているカップルを演じ、互いの伴侶が不倫していることを発見する。

ジャーナリストのチャウ(トニー・レオン)とチャン(マギー・チャン)はお互いに寄り添いあうようになるが、その衝動をどう対処してよいか分からず、混乱する。ジェームズ・ケインの小説なら、彼らの役どころは、普通被害者同士であるはずだ。

ウォン監督は、彼の作品の一つである、困惑と強力な忠義を描いたアクション映画のタイトルに、ローリング・ストーンズの"As Tears Go By"を使用しているが、彼のどの作品のタイトルにも当てはまるだろう。誠実さに対する困惑を語った『花様年華』も例外ではない。ナット・キング・コールは映画の表面で、沈んだいたいけな瞳を通して見つめ合う主演二人の欲望に艶を与え、ウォン監督は裏側に突っ込み、観客を惹きつけてやまない。この『花様年華』はおそらく愛について作られた映画の中で最も恍惚となる映画の一つで、混乱を楽しんでいる。

『花様年華』は、本年度最もゴージャスな一本であるといえるだろう。シネマから永らく失われているガラスに鼻を押し付けるようなロマンチックさ、時代の上品さゆえに恋人たちの苦難が封印されるF. Scott Fitzgeraldにみられる叙情、最高のロキシー・ミュージック、そして忘れがちなマイナーなロマンティック映画"Miracle the Rain" (1956)のようなこの作品に、眩暈がする。セックス・シーンは描かれることはなく、代わりにウォン監督の作品では、思慕の念が様々な事柄を繋ぎ合わせる接着剤になっているのだ。

ここでの恋焦がれる想いはとても優美なもので、くぎ付けになってしまうことだろう。肉体的な絡みを明確に描かない代わりに、ウォン監督は一つ一つのカメラワークをエロティックに演出し、誰も真似できないカメラワークで、彼にしかできないものを作り出している。『花様年華』は、かつてNYフィルム・フェスティバルで『ラストタンゴ・イン・パリ』が映画を変えてしまった衝撃に匹敵する。またマギー・チャンが身に纏う、ピタッとした美しい花柄のシルクドレスには興奮させられる。

ウォン監督はセックス・シーンを撮ったが、結局使用しないことにしたそうだ。まさに英断である。ほとんどの間、肌が覆われているという事実に、その意図があるラブストーリーなのだ。やや張った肩、くびれたウエスト、そしてフルートのような首を強調するようなカウルネックラインのドレスを身に纏うマギー・チャン。トニー・レオンは、毎回違う風に見えるよう様々なタイを合わせてチャコールのシャンタン・シルクスーツを着ている。

カメラは、覗き見るようにして廊下や街角から一瞬を捕らえ、不幸な結婚生活に窮しているこのカップルを愛しく見つめる。この映画はマイケル・オンダーチェが小説『イギリス人の患者』で用いたジグソーパズルの手法で、隠喩を助長するよう登場人物を利用しているが、仄めかし、ほろ苦さなどの表現において、はっきりしないかもしれない。実際これらすべてのものが魅力的で、それは本能に任せて仕事をする監督の産物なのである。

真相に近づく場面で、その本能は最も痛烈で明確になる。マギー・チャンがトニー・レオンに、彼に愛人がいることを知っていると告げ、弱々しく平手を彼の頬に浴びせる。いや、そうではない、彼が彼女を諭すのだ。しかし我々は全く違う何かが起きていることに気づき、またこのシーンが来たるべき二人の別れをも表しているため、苦痛がより一層深くなる。

ウォン監督は、自分のペースを安定させるため、歌(映画の中では使用されていない)のタイトルを使い、ポップソングの掻き乱れた靄を通してこれらの登場人物を見ている。「あの時代は過ぎ去った。当時のものはもう何もない」、映画のエンディング部分である。この映画は、手縫いの洋服が主演たちの身体に完璧にまとわれる一方で、モノラル録音されたバラードとともに過ぎ去った時代、映画の中だけに存在していたかも知れない時代への甘い投げキッスだ。『花様年華』はまさにそんな感じの作品である。

花様年華

脚本・製作・監督 ウォン・カーウァイ
広東語・上海語、英語字幕付
撮影監督 クリストファー・ドイル、リー・ピンビン
編集・衣装 ウィリアム・チャン
音楽 マイケル・ガラッソ、梅林茂
封切 USA Films
上映時間 98分
指定なし
明日午後9時30分と火曜日午後6時、第38回ニューヨーク映画祭の一部としてアリス・タリー・ホールにてオリバー・クリンパス監督による7分の短編"Walking Home"と同時上映。
出演 ライ・チン(ミスター・ホー)、マギー・チャン(ミセス・チャン)、トニー・レオン(ミスター・チャウ)、レベッカ・パン(ミセス・スーエン)、スー・ピンラン(アーピン)



| New Clippings I | New Clippings II |
| ウォン・カーウァイのリール人生 | ウォン・カーウァイのフィルム巻人生 |
| ただの隣人だった。愛が壁を崩すまでは。 |
| フレデル・ポゴディン&アソシエイツ | Back | Home |